プラスチック成形品の品質や生産性を大きく左右する要素のひとつが「肉厚設計」です。肉厚とは、成形品の各部分の厚さのことであり、適切な肉厚設計を行うことは、変形・ヒケ・反りなどの不良を抑え、製品の強度や機能性を維持する上で非常に重要です。
私たちプラスチック成形金型の現場では、「設計図は完璧なのに、なぜか不良が出る」という相談をよく受けます。その多くは、実は肉厚設計の基本が押さえられていないことに起因しています。
この記事では、肉厚設計の基本と最適な基準、設計時に注意すべきポイントを、熟練の視点から詳しく解説します。
1. なぜ肉厚設計が重要なのか?
プラスチックは金属と違い、成形時に流動・冷却・収縮の3つの現象が複雑に絡み合って最終形状になります。このとき肉厚が不適切だと、以下のような問題が発生します。
- ヒケ(Sink mark):厚肉部分が内部から収縮して表面がへこむ現象
- 反り(Warping):肉厚の差が原因で冷却速度にムラができ、変形する
- ショートショット:薄すぎる部分に樹脂がうまく流れず充填不足
- ボイド(空洞):厚肉部分に気泡が残る
こうしたトラブルは見た目の品質低下だけでなく、機能性や耐久性の面でも問題を引き起こします。**つまり、肉厚設計は見えないけれど製品寿命と品質を支える“縁の下の力持ち”**なのです。
2. 樹脂別・一般的な最適肉厚の目安
肉厚の最適値は使用する樹脂材料によって異なります。以下に代表的な熱可塑性樹脂の一般的な推奨肉厚範囲を示します。
材料名 | 推奨肉厚範囲(mm) |
ABS樹脂 | 1.2〜4.0 |
ポリプロピレン(PP) | 0.8〜3.8 |
ポリスチレン(PS) | 1.0〜3.0 |
ポリカーボネート(PC) | 1.2〜3.5 |
ナイロン(PA) | 0.8〜3.0 |
ポリエチレン(PE) | 1.0〜5.0 |
これらはあくまで目安であり、製品の大きさ、形状、機能、強度要件によって最適な肉厚は変わります。
3. 肉厚設計で気を付けるべきポイント
(1)肉厚はできるだけ一定に保つ
肉厚のばらつきが大きいと、収縮差が生じて変形やヒケの原因になります。理想は肉厚を可能な限り均一に設計することです。
(2)厚肉が必要な場合はリブやボスで補強
どうしても強度を確保したい箇所がある場合は、単純に厚くするのではなく、補強リブや**中空構造(ボス)**で構造的に強度を出すのがベストです。これによりヒケやボイドを防げます。
(3)急激な肉厚の変化を避ける
厚い部分から急に薄くなると、樹脂の流れが乱れてショートショットやウェルドラインの原因になります。段階的に厚みを変えることで樹脂の流れをスムーズにしましょう。
(4)冷却効率とサイクルタイムへの影響を考慮する
肉厚が厚いと冷却に時間がかかり、サイクルタイムが伸びて生産効率が低下します。なるべく早く冷却・離型できるよう、適正な肉厚を保つことはコストにも直結します。
4. ヒケ・反りを防ぐための具体的対策
リブ構造の設計ルール
- リブの厚みは母材の60%以下が基本
- 高さは肉厚の2〜3倍が目安
- リブの間隔は3倍程度空ける
コーナーRの活用
角部の肉厚が集中する部分には**R(丸み)**をつけて樹脂の流れをスムーズにし、収縮応力を分散させると変形しにくくなります。
5. CAE(流動解析)によるシミュレーションも重要
最近ではモールドフロー解析などのCAEツールを使って、流動・冷却・変形・ヒケなどの事前シミュレーションを行うことが一般化しています。設計段階で肉厚の適正を視覚的に確認できるため、量産開始後のトラブルを大きく減らすことができます。
6. 実際の現場であった失敗例と成功例
失敗例:
製品の中央部分に強度を持たせるために、厚さ8mmで設計された大型ケース。試作してみるとヒケが激しく、冷却時間が長すぎてコスト増。→ リブ構造に変更、肉厚を3.5mmに抑えることで量産化成功。
成功例:
医療部品で寸法精度が極めて重要なパーツ。初期設計からCAEを活用し、肉厚を2.0±0.2mmに統一。収縮バランスが整い、後加工なしでも±0.05mmの精度を実現。
まとめ:最適な肉厚設計が製品品質を決める
肉厚はただの「厚み」ではなく、製品の性能・品質・生産性・コストすべてに関わる重要な設計パラメータです。
最適な肉厚設計には、
- 使用樹脂の特性を知る
- 肉厚を一定に保つ
- 補強リブやボスを活用する
- 急激な厚み変化を避ける
- CAEで事前検証する
といった基本が欠かせません。
設計者と成形現場が連携し、「作れる設計、壊れない製品」を共につくり上げていくことが、現代のものづくりには求められています。